寒河江の伝統野菜、子姫芋の魅力をお伝えします。

里芋・子姫芋の歴史

里芋の歴史
食用のイモは、タロイモと総称されており、里芋はその一種となります。
山に自生している「ヤマイモ」に対して、里で栽培されるので「さといも(里芋)」と名が付いたとされています。
里芋の原産地は東南アジア地方で、日本へは縄文時代に伝わったといわれています。
日本で稲作が始まったのは弥生時代ですから、その前の縄文時代では焼き畑農業が行われており、その中心作物は里芋で、里芋は稲作以前の主食だったと考えられています。
里芋は暑い地域が原産のため、暑さや湿度を好む反面、寒さや乾燥に弱い作物。
日本に定着した里芋の品種は、寒い風土に適した系統のものだったようです。

子姫芋の歴史
寒河江市皿沼地区で栽培している子姫芋の歴史は古く、江戸時代までさかのぼります。
江戸末期、寒河江市皿沼に住む五十嵐善太郎氏が、福島県会津地方の種苗商から種芋を取り寄せたのが、皿沼地区での栽培の始まりと伝えられています。
ねっとりとしたなめらかな食感で里芋本来の味がする、良食味の里芋・子姫芋は当時でも広く知られておりました。
今でこそ加温ハウスがあり冬の時期でも農作物を育てる事ができますが、当時の農家は作物を植える前の春先の資金繰りは非常に厳しい時代。
ここ皿沼地区は昔から貯蔵の技術力が高いために、春先に「里芋の種芋」を販売して「春金」(春先に資金を調達する事)を取っていました。皿沼地区は、子姫芋そのものではなく、「子姫芋の種芋」の一大産地でした。
良食味の子姫芋、そして皿沼地区の貯蔵技術が相まって、村山地方を中心に、皿沼から子姫芋が県内各地に広がっていたと伝えられています。

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